聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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7月16日「心配してくれる神」Ⅰペテロ5:6~11

本論:Ⅰ・「謙遜を身につけなさい」

  1. 謙遜とは

    かつて謙遜とはギリシヤにおいては「低いもの、卑しいもの、奴隷的な心の態度」ということで、徳のある品性とは見られていなかった。キリスト教において罪人である私が神の前に自らの罪を認め、告白することに謙遜を見ることができることで、初めて徳を見出した。

  2. 神との関係において

    神はへりくだる者に恵みを与えられるという。高ぶる者とは神に敵対する者のこと。自らを神の座に置くような態度をとること。謙遜は神の前にへりくだることから始まる。神に全幅の信頼を置き、従順に生きることである。そこには神の約束が、恵みが豊かにあるのだ。

Ⅱ・「神が高めてくれる」

  1. 神に依存する

    私たちはいろいろなものに依存する。時にギャンブル、お酒やたばこ、異性など。しかしそこには限界があり、裏切りがあり、やがて朽ちていく。しかし、神にすべてを依存するとき、そこには永遠があり、決して見捨てない神の愛があり、神の栄光の勝利がある。

  2. 神が心配してくださる

    なぜいろいろなものに依存してしまうのか?それは私たちを思い悩ませる思い煩いがあるから。平安がないから。心が一つのものに向けられず、あちこちに向けられる不安定さがあるから。しかし、神に集中するとき、私たちの心配、思い煩いはすべて神がぬぐってくれる。

Ⅲ・「私たちの確信」

  1. 恵みに満ち、栄光に招かれる神

    神は私たちのあらゆる困難を知っておられ、確かに苦難を通されるが、それはあくまでしばらくの有限であり、その先に無限の永遠の栄光が約束されている。だから、それまでは信仰に堅く立ち、あらゆる悪魔、誘惑、困難に立ち向かうようにと励ましている。

  2. 神がしてくれること

    神は私たちを弱さを補って完全にしてくださる。私たちが倒れそうなとき、堅く立たせてくださるように助けてくださる。そのために私たちの内なる力を強くしてくださる。そして不動の者としてくださる。これらは神がしてくださることであるから委ねていけばいいのだ。

結論:私たちはこの地上に生きているとき、本当に様々な試練が襲ってくる。次から次へと問題が目の前に立ちはだかる。そして多くの人は自分の力でそこを切り抜けようとして、疲れ果ててしまう。現代の多くの人が疲れ果てている。しかし、キリスト者は違う。なぜならば、そうした試練、問題に対して、神ご自身が心配してくださり、力を貸してくださり、その先にある栄光の勝利を見せてくださりながら、私たちを強く用いてくださる。私たちがこの確信に立つとき、本当の平安をもって主にすべてをゆだね、前進してける。神様が心配してくださるのだから、思い煩いを捨てて、ひたすらに主の道を力強く歩もうではないか。


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by ontheway-chapel | 2017-07-19 17:31 | Comments(0)