聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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9月3日「孤独からの解放」エレミヤ書15:15~21

本論:Ⅰ・「エレミヤの嘆き」

  1. 地元、家族が敵となった

    エレミヤは忠実に神の働きに従い続けた。それは民の罪を暴き、しかし責めるのではなく、悔い改めて神に立ち返るようにという、民の救いのための働きであった。にもかかわらずエレミヤの語る言葉に地元も家族も敵対した。味方であってほしい身内からも見捨てられた。

  2. とりなしの祈りを聞かなかった

    民は闇の中にどっぷり浸かっていた。エレミヤは必死に民に真の光を示し、彼らのために時間と労をささげて祈り続けた。しかし民は彼に感謝することなく、むしろ責め立てられ、いのちの危険にさらされていった。虚しさが増してくる瞬間であるが、危険な兆候にもなる。

Ⅱ・「孤独と葛藤」

  1. 誰も助けてくれない

    エレミヤに味方はいなかった。少しでも彼の苦しみを分かち合い、嘆きを聞いてくれる人がいたら、どれほど救われただろうか?しかし、彼の本当の苦しみなど誰も知ることが無かったし興味もなかった。彼を助けてくれる存在はどこにもなかった。ただ死を待つばかり?

  2. 神の沈黙

    エレミヤは知っていた。この地上ではないところに本当の助けがあることを。しかし、その助け手が何もしてくれないと感じることがある。こんなに苦しいのに、どうしてわたしを見捨てるのか?と。これは忠実な献身者だから、神は答えるはずという高ぶりかもしれない。

Ⅲ・「解放される神」

  1. 道を示される

    エレミヤは神のことばを語るに疲れた。人間的な嘆き(卑しいこと)が口から出てきた。預言者は神のことばを語る口が与えられている存在。もし原点に立ち帰るならば、再び預言者として立たせると道を示された。ふさわしくない者が素晴らしい働きに召された再確認。

  2. 嘆き、孤独、葛藤から解放される

    私たちは嘆き、孤独を感じ、神との関係に葛藤を覚えるかもしれない。しかし神はそれを非難するのではなく、むしろ霊的孤独から解放させてくださり、もう一度強く立つことができるようにと導いてくださる。なぜなら主が「あなたとともにいて、救い助け出すからだ」

結論:私たちの日々の信仰生活でも、思い通りに行かない。神様との交わりがうまくできない。迫りくる試練、悩み、痛み、苦しみの中で思わず嘆くことがある。しかも、その助けを求めていながら誰も助けてくれない。神すら助けてくれないと感じることがある。しかし、神は必死に神に求め、すがろうとする民を決して見捨てることはない。なぜならば、神は私たちに最善の道を示され、私たちを霊的孤独から解放してくださるから。その根拠は「わたしはあなたとともにいて、あなたを救い、助け出す」という神と私たちの交わりの確信、大前提にある。私たちはそこに立ち返り、もう一度力をいただき、前を向いて歩んでいきたい。


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by ontheway-chapel | 2017-09-05 10:04 | Comments(0)