聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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9月17日「陶器師のろくろ」エレミヤ書18:1~17

本論:Ⅰ・「失敗は悪くない」

  1. より良い人生を願う

    人は誰でも自分の人生をより充実したもの、素晴らしいものとなることをどこかで願っている。苦しいより楽しい方が、暗いより明るい方がいいと願う。様々なところをさ迷い歩いて捜し求める。これが良いと思っても裏切られたり、うまくいかなかったりすることがある。

  2. 失敗が成功への土台となる

 人はその人生の中でたくさんの失敗をする。小学生時代に学芸会で最後の締めのセリフを完全に忘れてしまい台無しにしてしまったことがある。それ以来人前で話すことが怖くなった。不思議なことに毎週人前で話をする働きに召されている。入念に備えるようになった。

Ⅱ・「完成させてくださる主」

  1. 失敗を見て直してくださる

    陶器師は神様であり、粘土は私たちである。陶器師は作品を完成させるために粘土のほころびを見つけては、練り直し、そして修正して完成へと近づけてくれる。それは実に忍耐のいる作業であるが、一切の妥協をせずに徹底的に向き合い、整えて完成へと導いていく。

  2. ご計画の通りに完成される

    粘土はもっとこうした方が格好いい、こうした方が機能的ではないか、と陶器師に逆らいたくなる。しかし陶器師の手は何と繊細で慈愛に満ちているだろうか?陶器師は決して作品をないがしろにしない。一つ一つに心を込めて、愛を詰め込んで最高の作品に仕上げてくれる。

Ⅲ・「陶器師に対する私たち」

  1. 心頑ななままか?

    時に粘土はわがままであり、陶器師の計画に逆らう。なぜならば神のご計画の素晴らしさを実感できず、全貌を見ることもできないのだから当然かもしれない。粘土が完成するために最後に火で焼かれなければならない。それを拒んでしまうならば、いつまでも完成しない。

  2. 素直に従うか?

    神に従って生きても、試練や困難はある。粘土が作品として完成に至るまでに時に何度も火を通されることもある。しかし、その完成した作品は実に美しい。神は忍耐をもって私たちを素晴らしい作品に完成させてくださる。その御手に信頼して従う者とさせていただきたい。

結論:神の造る作品はどれ一つと同じ作品はない。なぜならばすべて手作りで、それぞれに込められたご計画があるから。ある人は平皿かもしれない。ある人は花瓶かもしれない。でもどれもすべて美しく、優劣つけられない最高の作品である。神様は私たちの人生を最高のものとしてくださる。私たちを愛しておられるから。ろくろの上でもがくのか?それとも陶器師の手を信頼して委ねて形造られていくのか?すばらしい輝きを放つ作品とさせていただこうではないか。


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by ontheway-chapel | 2017-09-20 15:32 | Comments(0)