聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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9月24日「神との格闘」エレミヤ書20:7~13

本論:Ⅰ・「厳しい現実」

  1. エレミヤが辿ってきた道

    エレミヤは南ユダの人たちを前に、神様からの言葉を語った。それは民を何とか救いたいという思いからであり、神に忠実でありたいという思いからでもあった。エレミヤは必死になって民を説得しようとしたが、その結果は民を怒らせ、エレミヤは捕らえられてしまった。

  2. 現実を前にして

    エレミヤは現実を前にして、気力が衰え、神の働きを捨てたいとさえ思うほどに打ちひしがれた。もう何も語りたくない。何もかもむなしく、恐ろしく、逃げ出したいと思うことがある。私たちは現実の大きさを前にうろたえ、絶望感に包まれてしまいそうになる。

Ⅱ・「抑えきれない衝動」

  1. 人から神へ目を移す

    私たちを取り巻く現実の巨大な力を前に気持ちが萎えてしまう。しかし、エレミヤは人(現実)からその目線を神へと移した。自分の生涯にわたってともにおられる神に目を向けるとき、そのお方に信頼するとき、厳しい現実を打ち砕く神の偉大さによって平安が与えられる。

  2. 燃え盛る火

    エレミヤが人ではなく神に目を向けた時、再びその心に火がともった。この火を燃やす原料は神から来ているので尽きることはない。この火によって私たちの心の内に冷えて固まった弱さが溶かされ、抑えきれない衝動となって神の目的のために歩むことができるようになる。

Ⅲ・「格闘の末に」

  1. ヤコブとエレミヤ

    かつてヤコブも神と格闘し、自分の内にある恐れに勝ち、神からの確信をいただき前に進むことができた。エレミヤも神との格闘を通して弱さを打ち砕き、神の働き人として再び立ち上がることができた。いずれも共におられる神との格闘の先に新たなる力をいただいた。

  2. 私たち

    私たちも日々の生活の中で、信仰生活の中で思い通りに行かない、先が見えない試練と向き合う。巨大な現実を前にうろたえ絶望し、あきらめかけてしまうかもしれない。しかし神にしっかりと目を向け神との真剣勝負、本気の交わりを通る時、本当の強さと平安を手にする。

結論:エレミヤは現実を前にもうだめだ。神様が助けてくれると頭でわかっていても、心がついて行かなくなってしまいかけた。恐怖と絶望がエレミヤを襲った。でもその時、現実世界だけではなく、目の前にいる敵だけではなく、神様ご自身に目を向けることができた時、彼の内に燃え盛る火が再び点火され、もう一度立ち上がり、神とともに歩むことができた。徹底的に神と格闘したその先に、エレミヤは確かな確信をもって新たな力をいただき、現実の困難を乗り切ることができた。人ではなく神がなしてくださる。神ご自身が勝利してくださる。神の強さと平安をこの手に握って前に進むことができるようになる。


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by ontheway-chapel | 2017-09-25 12:14 | Comments(0)