聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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11月5日「主のみわざを語ろう」エレミヤ書51:1~10

本論:Ⅰ・「バビロン崩壊の預言」

  1. 希望の預言

    イスラエルの民がバビロンへ捕囚されたとき、人々には大きな失望があった。いつ解放されるかわからない恐怖があった。しかし神はイスラエルを決して見捨てないと約束された。バビロンが犯した罪ゆえに神が罰せられ、イスラエルの民はエルサレムに帰れるという。

  2. 成就する預言

    このエレミヤが語った預言は実際にはあと70年近く待たなければならない。すぐに結果を求めてしまいがちであるが、神の最善の時を待つ忍耐が求められる。それは神への信頼の深さによってなし得る。神の約束は必ず成就する。私たちの時ではなく神の時にである。

Ⅱ・「私たちのバビロン」

  1. 私たちの内にある罪

    バビロンは神によって滅ぼされた。私たちの内にもバビロンに象徴されるような弱さ、醜さ、残虐さなどの罪がある。それに屈するならば私たちはたちまち滅ぼされてしまう。そして自力で解決しようともがくほどに、罪の虜となり身動きできなくなってしまう。

  2. 罪から解放される神

    しかし、バビロン捕囚から解放されたユダヤ人たちのように、私たちにも解放がある。私たちはユダヤ人の歴史をそのまま体現したような不信仰、不従順を繰り返してきた。しかし神は私たちを見捨てることなく、本来あるべき立ち位置へと、神様の元へと戻してくださる。

Ⅲ・「語らずにはいられない」

  1. 無関心であってはいけない

    かつて職場の上司に知識の反対は無関心であると言われた。聖書の知識だけに熱心になってしまうとき、時に神様が自身に成してくださったみわざにたいして無関心になってしまう。神のみわざに関心を向け、幼子のように、理屈抜きで感動し、全身で喜びを味わいたい。

  2. 恵みの結果

    神様の奇しいみわざを、素晴らしい恵み体験したとき、私たちは幼子のようにそれを誰かに伝えたい。黙っていられないという衝動に駆られ、それをそのまま証ししていきたい。恵みを受けた分、祝福をいただいた分、語らずにはいられなくなるような信仰者でありたい。

結論:エレミヤの預言は人々に希望を与えた。そしてそれは神の時にかなって成就する。私たちも神の福音を聞いてそこに希望を見出すことができた。それこそが本物であると確信し信じ受け入れた。神が私たちに成してくださった数々のみわざ、恵み、祝福に対して無関心でいるならば、気付くこともなければ感動もしない。しかし、そこに目が向けられ、心開いて受け取る時、私たちはいかに神に愛され、そのみわざによって祝福を受けているかを知り、大きな喜びと感動、感謝で満ち溢れる。黙っていられない。隠しきれない喜び、幸せ、平安があふれ出てくる。主のみわざを存分に語り合おうではないか。


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by ontheway-chapel | 2017-11-07 14:23 | Comments(0)