聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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11月19日「お願いすること」Ⅱテサロニケ2:1~12


本論:Ⅰ・「人々の関心」


  1. 落ち着きを失う情報

    テサロニケの教会に向けてパウロはすでに第一の手紙において終末について大胆にそして生き生きと語った。しかしパウロによってもたらされた情報が思わぬ誤解や、人々に誤った興味関心を抱かせてしまった。それによって人々は落ち着きを失い、心を騒がせてしまった。

  2. パウロの主張

    パウロの宣教において伝えたかったことは「やがての日は近い」「主は近い」というものであった。しかしそれは必ずしも我々のカレンダー、時間軸でとらえる必要はない。主の御手に従い、信頼して歩むこと、新しい日を待ち望みつつ、現代にあって生きることであった。



Ⅱ・「警戒すべきこと」


  1. 惑わすもの

    パウロは私たち信仰者を惑わし、だます要素として背教と不法の人を挙げている。しかしそういう人たちに本当の勝利は訪れない。また自らを高く上げ、自分こそ神と宣言する高慢さ。そういうものに私たちは惑わされやすい。地上の目に見える力、輝きに惑わされてしまう。

  2. より頼むべきもの

    そうした私たちを惑わし、混乱させる勢力に対してどのように警戒し、対応したらよいのか?地上の輝きではなく、神の栄光の輝きにこそ目を向けることが大切である。砂の上ではなく、決して崩れることのない土台に立って歩むことが道を外さない唯一の方法である。



Ⅲ・「恵みに生きる」


  1. 滅びる人

パウロは真理への愛を受け入れず、悪を喜んでいる人たちを神はさばくと述べた。神を中心とせず、自分を中心に置く。神の栄光を見ず
に、この地上の輝きを追い求める。多くの人たちがそういう歩みをしている。しかし神はそこに愛という救いの光を差し込んでくださ
る。

2.生きる人
つまり、滅びる人が受け入れる者と逆のものを受け入れていくことが大切。それは神の愛を受け入れること。悪を喜ばないこと。そうい
う人は、神の愛によって救い出され、恵みを存分に受けることができ、この地上においても素晴らしい祝福の内を歩むことができるの
だ。


結論:パウロがお願いしていることは、人々が、また私たちが惑わされ、心乱されやすい情報、輝きにだまされず、しっかりと正しい道を歩むようにというもの。しかし実際には私たちを惑わす力が強い。ちょっと気を許すとあっという間にその波にのまれてしまう。でも神様はその愛ゆえに私たちを守り、支え、神の恵みに生きることができるように導いてくださる。パウロのお願いは、私たちが地域の方々、救われていない方々へのお願いでもあるのではないだろうか。




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by ontheway-chapel | 2017-11-23 17:27 | Comments(0)