聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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11月26日「守ってくださる神」Ⅱテサロニケ3:1~5

本論:Ⅰ・「祈りには力がある」

  1. パウロと教会の関係

    パウロがテサロニケの教会のために必死に祈ったように、テサロニケの教会もパウロの宣教の働きのために、祈りを通して積極的にその働きを支えていった。これが生きた霊的な交わりであり、そこにはどちらか一方だけではない、双方向の交わりと確かな結びつきがある。

  2. 祈ってください

    パウロが求めた祈りは福音宣教の広がり。主のみことばが広がることであり、またあがめられることであった。さらに悪の働きから守られることを願った。誰かの痛みを自分の痛みのように思い、必死にとりなしの祈りをささげることができるのが、キリスト者の特権である。

Ⅱ・「神の守りがある」

  1. 愛するがゆえに

    パウロの祈る先には真実なる神がおられるという絶対的な根拠をもって、神の守りの確かさを訴えた。神の守りのゆえに私たちは強く立たせ、守られる。それは神の愛が源流にある。神の愛の真実さのゆえに、いつも神の守りの中を歩むことができ、真の平安に包まれる。

  2. 心配してくださる

    神は私たちが信仰を持った時から、もう大丈夫と距離を置くお方ではない。いつも私たちが様々な攻撃、誘惑に負けないように心配してくださっている。テサロニケにおける迫害、パウロの宣教への迫害に対しても、神様はいつも愛ゆえに心配し、守ってくださっている。

Ⅲ・「私たちの喜びがある」

  1. パウロの喜び

    パウロは神にあってテサロニケの人たちが守られている事実を喜んだ。祈りの先には喜びがある。どんなに辛い状況に置かれた人がいたとしても、私たちは真実であり愛なるお方に祈りをささげ、離れていたとしても支えることができる。神に祈れることは大きな喜びである。

  2. 私たちの喜びは神の喜び

    私たちが真実なる神を信頼し、ひたすらに祈ることを神は喜んでくださる。また、私たちが喜びをもって日々過ごせることを神は喜んでくださる。すべては主と共に歩むなかにあって、私たちは祈ることができ、そして大きな喜びに満たされた歩みをすることができるのだ。

結論:神の愛とキリストの忍耐。これがなければ私たちはいったいどうなっているのだろうか?と想像する

だけで恐ろしくなるばかりである。しかし、神は真実なるお方であるがゆえにその愛と忍耐を無限大に発揮してくださる。だから私たちはこの神の真実さを心から信頼して、日々平安に過ごすことができる。それは私たちの喜びとなり、また神の願う喜びでもある。


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by ontheway-chapel | 2017-11-30 14:13 | Comments(0)