聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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3月18日「立派な信仰」マタイ15:21~28

本論:Ⅰ・「静まりを求めたイエス様」

  1. パレスチナから出たイエス様

    ユダヤ人が住む地域ではどこに行ってもイエス様の後を追う人で混雑していた。そのため、静まるためにはパレスチナの地域外に行くしかなかった。ユダヤ人たちは異邦人と接することを嫌っていたので、さすがにそこまで追いかけるユダヤ人はいなかった。

  2. 心備えの時

    イエス様と弟子たちがそこまでして人々から離れようとしたのは、いよいよ十字架の時が近づいていたからであり、イエス様はそのために特に弟子たちのために静まり、心備えるための時を必要としていたためである。それは逃避ではなく心備えのための行動であった。

Ⅱ・「異邦人の女性とイエス様」

  1. カナン人の女

    しかしここでもイエス様のことを知って近づいてきた女性がいた。彼女には重病の娘がいた。そこで真剣に助けを求めた。イエスは最初女性と距離をとろうとした。しかし、弟子たちはあまりにしつこいために何とかしてほしいとイエスに頼み、この女性を追い返すよう願った。

  2. 犬と呼ばれた女

    当時、ユダヤ人たちは傲慢にも自分たち神に選ばれし民であるユダヤ人以外の異邦人を「犬」と呼んで侮辱した。犬とは野良犬で道に捨てたごみをあさる不潔な犬。しかしイエス様は小犬と呼んだ。そこにイエス様の愛を見ることができる。それは野良犬ではなく愛玩犬の意味。

Ⅲ・「立派な信仰の女性」

  1. 愛と信仰を持っていた

    この女性は娘のことを何とかしたい、助けたいという子どもの苦しみを自分のものとする愛を持っていた。また、イエス様を最初は人間として恩恵を求めて近づいた。しかし、イエスに触れた時、彼女の信仰はイエスを主と呼ぶ、生ける神に対する信仰へと変えられた。

  2. 礼拝した

    この女性は最初イエスの後を追いかけた。やがてひざまずいた。必死の願いが、祈りに変わっていった。イエスのもとに行き、主の栄光を賛美し、そこに最大限の信頼と忍耐が育まれていった。単なる期待から、唯一の希望としてイエスを礼拝した。これらが立派な信仰となる。

結論:イエス様の元にやってくる人には、様々な動機があるだろう。実にこの世的な願い事を持ってくる人がいるかもしれない。本当に切なる願いをもってやってくるかもしれない。特に期待もなく、気が付いたらイエスの元にいたということもあるかもしれない。しかし、いずれもイエスと出会い、そこに本物を見出すことができた時、その人の心は大きく変えられる。イエスに期待し、唯一の希望を見出し、そこに生きる確信をいただく。だからこそ、その人の人生は愛と希望と喜びに満ち溢れた幸いなものとなっていく。


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by ontheway-chapel | 2018-03-22 17:13 | Comments(0)