聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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4月22日「神からあふれる喜び」ハバクク書3:17~19

本論:Ⅰ・「先が見えない恐怖」

  1. 神からの約束

    神は堕落した南ユダ王国を滅ぼすと語られた。そして神のさばきの器としてカルデヤ人(バビロン)を用いることを約束された。また、その器であるバビロンも神の手によって滅ぼされるという。ハバククは最初は抗議したが、この神の約束を受け入れ、従うことにした。

  2. 目に見えない恐れ

    私たちは明日がどうなるかわからない。それだけに、不安になることもある。その恐れをどのように取り去るのか?ある人は虚勢を張り自力で突破しようとし、ある人は誰かに助けを求め、それが叶わないと諦める。先が見えないということは大きな恐れや不安を与える。

Ⅱ・「静かに待つ」

  1. ハバククの場合

    ハバククは先が見えない恐れに対して、どのように向き合い解決しようとしたか?それは祈りであった。ただ静かに、神に信頼してひたすらに祈った。目に見える現実、目に見えない恐れ、あらゆるものではなく、ただひたすらに神だけに目を注いで祈ることに専念した。

  2. 私たちの場合

    私たちも神に信頼して祈る。信じて待つが時にその結果を見たくて、つい神から目を話して現実(祈りの結果)を見ようとする。そして一喜一憂してしまう。それは神の約束に対して、完全に従いきれていない状態といえるかもしれない。神の約束・保証を喜ぶ信仰を持ちたい。

Ⅲ・「神にあって喜ぼう」

  1. 神の恵みを喜ぶ

    ハバククは神が約束したさばきに対して、恐れを抱き震えつつも、神の約束(バビロンもまた滅ぼす)という絶対的な神の正義に思いを寄せて喜びを抱く。目の前が真っ暗で、どこに神の解決が、救いがあるかわからないとしても、神の保証を信じ、必ず成就すると信じたい。

  2. すべての喜びの源

    すべての権威をもっておられる神様は、私たちをいかようにもすることができるが、信じ従うならば、決して見捨てず、滅ぼさず、救いへと誘われる。神は私たちの全てである。すべての喜びが神から溢れ出てくる。私たちはこの喜びを満喫できる恵みをいただいている。

結論:祈っても、祈っても、何の答えも与えられない。自分の思い願う良い結果が得られない。神様を信じているけれども、現実は私が破滅へと導かれているかのように感じる。そのような辛い時がある。先が見えない、目に見える結果が出ないとき、不安は恐れが私たちを覆うことがある。しかし、そのような時、自力で頑張るのではなく、また諦めてしまうのでもなく、ハバククのように神を信じ、静かに祈り、待つ姿勢を大切にしたい。神は、私たちと共におられ、最善のみわざをもって私たちを愛し、守り、導いてくださる。神の約束、保証、恵みを信じひたすらに従う道を進もうではないか。すべてを主に明け渡した時、私たちの喜びの源が、私たちの全てが神から溢れ出ていることを知り、真の喜び、感謝を味わうことができる。


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by ontheway-chapel | 2018-05-10 15:43 | Comments(0)