聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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5月6日「一つとなって仕える」ゼパニヤ書3:1~10

本論:Ⅰ・「エルサレムの堕落」

  1. ゼパニヤの時代

    ゼパニヤが活躍した時代はおそらくヨシヤ王の宗教改革の頃に活躍した預言者ではないかと言われている。(エレミヤと同時代?)ゼパニヤとは「主は隠された」という意味があることからも、表に出て預言したエレミヤに対し、ゼパニヤは神が隠された預言者となるか。

  2. 神から離れた民

    この時代、イスラエル(ユダ)では特に上流階級と言われた宗教指導者たちの堕落、腐敗が顕著であった。また異教の風習が国内に入り霊的姦淫、宗教的無関心が蔓延し、神から離れていく民が増えていった。そうしたなかでゼパニヤは民の滅亡を語り、悔い改めを迫った。

Ⅱ・「神のさばき」

  1. イスラエルへのさばき

    ゼパニヤはイスラエルへの神のさばきが必ず訪れること、そしてその恐ろしさについて語っていく。悔い改めを迫る一方、その可能性については消極的であり、さばきの日が避け難いことを悟っていたかのようにイスラエルのさばきを警告していく。

  2. 周辺諸国へのさばき

    ゼパニヤはイスラエルへのさばきと同時にペリシテ滅亡への預言を語っていく。しかし同時に回復の希望も語られている。イスラエルは周辺諸国を見て教訓を得ようとしなかった。私たちも聖書を通して神のさばきの厳しさを見ている。だからこそそこから教えられたい。

Ⅲ・「民を救われる神」

  1. 一つとなる

    堕落した国の中にあっても、それでもけなげに信仰を守り通そうと熱心に歩んだ者たち(残りの者)がいた。時代にあって、その風潮に流される方が簡単で楽しいかもしれない。しかしいつの時代も熱心に歩んだ者たちがいたからこそ、神の救いの恵みが明らかにされてきた。

  2. 神の救いに与る

    民の努力で救われるのではない。あくまで神の恩寵によることを忘れてはいけない。自分で自分をきよめることはできない。神が主権をもって救ってくださる。そしてそれはイエス・キリストの十字架によって成就された。それを信じられるよう聖霊を備えてくださった。

結論:いつの時代も神を恐れず、神に背を向けて自分の快楽、自分の信じる道を探求しようとする人がいる。その生き方の方が充実して自分らしいと感じるかもしれない。しかし、その先にはむなしさと滅びしかない。神は、そのような堕落したもの、罪に気付かないままに覚えていく人を何とかして救いたいと願っている。神がそのイニシアチブを握っている。神に主権がある。私たちは自分で自分を救うことはできない。罪を贖うことはできない。神はイエス・キリストをもって私たちに救いの道を示し、聖霊をもって私たちにこの事実を知らせ、信じることができるようにと促している。次週はペンテコステ。この聖霊の働きに思いを寄せる1週間とさせていただこう。


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by ontheway-chapel | 2018-05-10 15:45 | Comments(0)