聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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7月1日「目からうろこが落ちた」使徒の働き9:1~19

本論:Ⅰ・「サウロによる迫害」

   A.キリスト教最大の迫害者

       サウロはステパノの殉教についても積極的であり、これを機に一気にキリスト教に対する激

しい迫害が起こった。その中心的存在がサウロであり、サウロは信念をもって自分のしてい

ることが正しいと信じていた。すべてに一生懸命であったサウロの迫害は徹底していた。

B.神様のなさる不思議

       神様のご計画はこの最大の敵である迫害者サウロを用いることであった。後のパウロとなる

サウロは信じた道に対して一心不乱に前進し実行する力があった。それが迫害という形でだ

された時には脅威であったが、キリスト者となった瞬間、最大の協力者となった。

Ⅱ・「開いていても何も見えない」

A.天からの光

    サウロがなおも迫害の思いに燃えて、次なるキリスト者を捕らえに意気揚々と旅していると

き、天からの光がサウロを照らした。この光は目を開いていても見えなくする光であった。

目が見えていても何も本質が見えていない時があるが、この光はサウロの心にも刺さった。

B.語られた声

    サウロは続けて「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」と復活のイエスに語り掛け

られた。これは心に刺さった光と共に、サウロの心の奥深くに響く声であった。そしてその

声に従って立ち上がった。その時のサウロは出発前の自信に満ち溢れた姿ではなかった。

Ⅲ・「霊の目が開かれた」

A.アナニアとの出会い

    アナニアにとってもサウロは憎き存在であり、脅威の存在であった。できれば顔を合わせた

くないような存在。しかしアナニアは主の言葉に従った。人知を超えた主のご計画が示され

ることがある。その時自分の意思を貫くのか、それとも主に従って行動するのかが問われる。

B.目が見えるようになった

    サウロはアナニアの目が見えるようになり聖霊に満たされるようにと言う祈り。これによっ

てサウロは目が開かれただけではなく、心の目も開かれた。彼が確信をもってしてきたこと

が間違いであったことに気が付いた。霊の目が開かれたときサウロは新しく生まれ変わった。

結論:ここには様々な人間模様が描かれている。私たちも実際の日々の生活で様々な人間模様のただなかに置かれる。それは時に煩わしい関係かもしれない。会いたくないような関係。敵対する関係もある。しかし、その時私たちが自分の考え、自分の思いこそが絶対であるとして、かたくなになるのか。それとも神がそこに働かれていることを感じ取り、その神の導きに従おうとするのか。そこに身をゆだねた時、私たちもまた目から鱗が落ちるかの様に、今まで見えていたようで、見えていなかった世界が広がっていく。そして新しく見えた世界は何と素晴らしく美しいことだろうか。霊の目が開かれたとき、私たちはまた一歩主に近づくことができるようになる。


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by ontheway-chapel | 2018-07-03 10:16 | Comments(0)