聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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9月2日「神に仕えたダニエル」ダニエル書1:8~21

本論:Ⅰ・「信念が曲げられる試練」

     A.バビロンによる捕囚

       ダニエル達は、神のご計画のうちにあってバビロンに捕囚の民として連れて行かれることに

なった。それはユダヤ人たち、ダニエル達にとっては受け入れがたい屈辱であり、痛み、苦

しみの試練であったかもしれない。しかしこれは主が主権をもってなされたみわざであった。

B.与えられた場所でどう生きるのか

       渡辺和子さんは思いがけず36歳の若さでノートルダム清心女子大の学長に任命された。本

人にとって願っていたものではなく、若さゆえにおかれた境遇をなかなか受け入れることが

できず苦しんだ。しかしある宣教師のことばで変えられた。置かれた場所で咲きなさい、と。

Ⅱ・「ダニエル達の信仰」

A.何を第一とするのか

    ダニエル達は英才教育を受けるため、優遇され王様の食べるような食事が与えられた。しか

し、それらは異教の神にささげられて汚れたものであった。これらを食することは異教の神

を礼拝すること、偶像礼拝に加担することを意味していた。ダニエル達はこれらを拒んだ。

B.この世的な感覚との戦い

    宦官の長は王様から直々にダニエル達の世話役が与えられていた。ダニエル達の言い分を聞

きつつも、王様からの叱責を恐れためらい戸惑っていた。しかし、ダニエルたちの誠実な願

いを、必死の信仰をみて試すことにした。私たちの必死の信仰の姿勢は人の心に必ず届く。

Ⅲ・「仕える者に応える神」

A.人ではなく神に仕える

    ダニエル達は王様から英才教育を受けるが、宦官長のように王様を恐れるのではなく、神を

第一として神を恐れた。ダニエル達は宦官長の立場を理解しつつ、神に仕えぬくことを選択

した。ダニエル達の信仰は主に仕えるだけではなく、人への配慮ももっていた。

B.神の応答

    結果、ダニエル達は野菜と水だけであったが、他の誰よりも健康に満たされ、誰よりも優秀

な者とされた。神に仕える者は、この世的には貧しい状況に置かれているように思えても、

誰よりも主にあって祝福に満たされる。神に仕える者は神によって用いられていくのだ。

結論:この世の多くの人は、目に見えない神よりも、目に見える人(物や価値)を恐れてしまう。しかし、それでは人からは評価されても、本当の祝福をいただくことはできない。人の評価は移ろいやすく、人の価値観によって左右されてしまう。しかし、神の評価は決して移ろうことなく、この世の価値観によって左右されることなく不変である。ダニエル達は信念をもって神に仕え続けた。そして神はそのような民を決して見捨てることなく、祝福し用いてくださる。私たちもおかれた環境は様々で不平不満を抱くことがあるかもしれないが、それでもなお、神を見上げ、神に仕えることを選択するとき、神はいかなる場所にあっても、決して見捨てることなく、祝福で満たしてくださる。


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by ontheway-chapel | 2018-09-14 11:25 | Comments(0)