聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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9月9日「喜んでイエスを迎える」ルカ19:1~10

本論:Ⅰ・「ザアカイに声をかけたイエス」

     A.仲間を裏切り搾取していたザアカイ

      ザアカイは取税人で。当時、ローマの支配下にあったイスラエルではローマに税金を支払わな

ければなりませんでした。それをザアカイがしていた。ローマの手下のようにユダヤ人からお

金を集め、時には多めの金額を徴収して自分の懐に入れていた。裏切り者として嫌われていた。

B.嫌われ者に目を留めるイエス

      そのようなザアカイを見て、イエスは直接名前を読んで声をかけてくれる。イエスは私たち一

人一人の名前をも知っていて、そのすべての良い点、悪い点を知ってなお声をかけてくださる。

たとえすべての人が嫌い、咲けられているようなどうしようもない存在であっても。

   Ⅱ・「救いがザアカイに来た」

A.搾取する者から与える者へ

      ザアカイはイエスとの触れ合いによって、これまで自分のしてきたことの非を認めることがで

き、それまで搾取する側にいたが、今度は余分に与える者へと変えられた。誰も失敗はある。

しかしイエスとの出会い、触れ合いによって非を認めて新しく変わることができる。

B.ありのままを受け入れるイエス

      イエスはザアカイのありのままを知っていて受け入れてくださった。真珠貝は異物を入れられ

ることによって涙し、素敵な真珠を造りだす。イエスを受け入れることは苦しみを伴い涙する

かもしれないが、思わぬ素敵な輝きを手にすることになる。喜んでイエスを迎えよう。

結論:今、素直になって自分の心に手を当ててみよう。自分自身に正直になって、自分を見つめてみよう。素晴らしいところもあれば、誰にも言えないような痛み、傷、苦しみ、消し去りたい過去、今抱えている罪。色々あると思う。イエスはそのすべてを知っておられる。そのうえで、私たち一人一人の名前を呼んで声をかけてくださる。そのイエスとの交わりに入るならば、私たちの人生は劇的に変化することができる。その過程では辛いこともあるだろう。イエスを異物と感じて吐き出そうとするかもしれない。しかし、イエスを受け入れるとき、私たちの涙とイエスの十字架の血潮とによって、私たちの中に光り輝く信仰の果実が生まれてくる。それは何物にも代えがたい美しいものである。


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by ontheway-chapel | 2018-09-14 11:26 | Comments(0)