聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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9月23日「神の守りの中で」ダニエル書3:16~30

本論:Ⅰ・「神の憐みの中で」

     A.憐れみとは

      憐れみとはラテン語で「惨めさ、悲惨」と「心」という二つの言葉で構成されている。ヘブル

語では「内臓」を意味する。他人の苦しみや悲しみを、自分の心の中で深く感じること、母親

がお腹を痛め子どもに対する愛のようなものが憐れみであるという。神の憐みはそれ以上。

B.憐れみを信じる

      神の憐みはすべての人に向けられている。イエス様は苦しみ人や悲しむ人を見て、深く心を動

かされ、まさに内臓に至るほどの深いところで激しい痛みを感じられる。そして、深い憐れみ

をもって私たちに接してくださり、決して見捨てることなく守ってくださるのだ。

Ⅱ・「ダニエルたちを守られた神」

  A.とんでもない試練

   ダニエル達は燃えさかる炉に投げ込まれることになった。しかし、そこから神は必ず救い出し

てくださるとダニエル達は確信していた。どのような試練にあっても決して負けない。なぜな

ら主が共におられ、私たちを守ってくださるからだという信仰がダニエル達を支えた。

B.共におられる主

   ダニエル達は実際に火の中に投げ込まれた。しかし、王はそこに4人の存在を見た。そこには

主が共におられた。私たちの信仰は単なる迷信でも希望的観測でもない。真実である。私たち

は様々なことを心配するが、その先に主の守りがあることを決して忘れないようにしたい。

Ⅲ・「私たちを守り導かれる神」

A.教団を守られる神

   今年で65周年を迎える東京フリー・メソジスト教団の歩みも、決して順風満帆ではなかった。

様々な試練を通らされたと思われるが、主が共におられここまで守り導いてこられた。そこに

はたくさんの信仰の先輩方の祈りがあり、次世代による祈りがさらに積まれていく。

B.教会、個人を守られる神

   そしてこの神は川越教会にも、さらにはそこに連なる私たちにも共にいてくださり、守り導か

れる。だから私たちは決して恐れることはない。信頼して、安心して、主と共に歩み続けよう

ではないか。様々な試練が襲うかもしれないが、主の守りの中にいるならば決して負けない。

結論:主の守りの内に歩むことは、決して簡単ではない。それをはばもうとする様々な試練、誘惑が襲ってくる。時に負けそうになるかもしれない。でも、主に信頼し続けて歩むとき、主は私たちを憐れんでくださり、最後の最後まで守り導いて下さる。それはこれまでも、そして今も、さらにこれからも決して変わることはない。神の守りの中で勝利の歩みを、喜びと感謝の歩みをさせていただく者とさせていただこうではないか。


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by ontheway-chapel | 2018-09-27 08:14 | Comments(0)