聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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11月18日「悪女による復讐」マルコ6:14~29

本論:Ⅰ・「ヘロデヤの問題」

     A.罪と向き合えない

      バプテスマのヨハネはヘロデ一家のねじ曲がった婚姻関係が間違っていることを指摘した。特

にヘロデと兄弟ピリポの妻であるヘロデヤとの関係を指摘していた。ヘロデはこのことでヨハ

ネを拘束していた。しかし、ヘロデヤは自らの問題と正しく向き合うことができなかった。

B.耳に痛いものを排除する

      自らの問題を指摘されたヘロデヤがしたことは、ヨハネを恨み、そのような耳に痛いことを語

る存在を消し去ることであった。私たちも褒めてもらうことは素直に受け入れても、間違いを

指摘されることはなかなか素直に聞き入れることは難しい。そうした声は聞き流そうとする。

Ⅱ・「個人的な感情に生きると」

A.ヘロデヤの要求

   ヘロデヤはヘロデの誕生日という機会を利用して、娘のサロメに祝宴の場で躍らせた。本来、

娼婦の仕事であるにもかかわらず、ヘロデのご機嫌を取るために策を設けた。そして見事に褒

美の約束をいただき、ヨハネの首を目の前に差し出すことを要求することに成功した。

B.ヘロデの弱さ

   ヘロデはヨハネを拘束しつつも、彼の誠実さを尊敬していた。ヨハネの鋭い指摘を恐れつつも、

彼の話を聞くことに喜びをもっていた。みんなの前で褒美の約束をしてしまったゆえに、サロ

メの要求に応えなければいけなくなった。自分の保身だけを顧みた浅はかな弱さがあった。

Ⅲ・「真理のために生きる」

A.偽りよりも真実を

   当時権力を握っていたヘロデ一家に対して避難を公然と語ることは、とても勇気のいることで

あり命がけでもあったが、ヨハネは悪事を見て見ぬふりをすることができなかった。それは個

人的な正義感ではなく、主の前に悪であるからであり、真実に生きることを選択した姿である。

B.神の目に正しい選択を

   様々な問題と向き合う。それは他人の問題もあるし、自分自身の問題でもある。人の問題は比

較的指摘しやすいが、自分の問題と向き合うことは難しい。また時に問題の指摘には勇気が必

要となる。どうしたら正しく生きることができるのか?ただ神を基準にして判断すること。

結論:自分の問題を指摘されたとき、素直に受け入れがたいかもしれない。相手を恨むかもしれない。しかし、黙して神と向き合う時、何が正しいのか、どうすべきかが見えてくる。個人的な感情だけに従うならば、その選択は大きく間違えることがある。しかし、真理のために、神の目に最善を求める時、私たちが本当にすべきこと、向き合うべきこと、生きるべき道が見えてくる。ヨハネは生涯をかけてそのような生き様を私たちに見せた。私たちもヨハネに倣って生きる道を目指していこうではないか。


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by ontheway-chapel | 2018-11-22 17:40 | Comments(0)