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聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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10月27日「ダビデ王の苦悩」Ⅱサムエル9:1~13

本論:Ⅰ・「王としての葛藤」

     A.王としての対応

      この時代、王と敵対する子孫が王の座を危うくするためにあらゆる方法を用いて攻撃を仕掛け

てくることがあった。だから、王はそうした危険因子を取り除くため、敵の一族を抹殺するこ

とが多かった。ダビデは王として、国の安全、身の安全を求めたとしても不思議はなかった。

B.サウル一族に対する対応

      ダビデはサウルの孫であり、ヨナタンの息子であるメフィボシェテに厚意を示した。ダビデは

再びサウルの娘ミカルと婚姻関係をもつことで、イスラエル統一王国を築くための足掛かりと

したことがあったが、今回はどういう狙い、思いがダビデの中にあったのだろうか?

Ⅱ・「神に忠実であろうとしたダビデ」

A.神様を第一とした

   かつて多くの王が自分の保身、国を守ることのために敵の一族を抹殺した。しかしダビデは政

治的な思惑もあったかもしれないが、何よりも神が油注がれたサウルに対して、またその一族

に対して決して手荒な対応はしなかった。人間的な感情よりもダビデは何より神を第一とした

B.赦す勇気

   ダビデにとってサウル、その後の一族との関係は決して良いものではなかった。しかし、ダビ

デはサウルの孫であり、またヨナタンの息子であるメフィボシェテをもてなした。自分に悪事

を働いたものに対する愛は神の我々に対する愛に通じる。その寛容な心を私たちも持ちたい。

Ⅲ・「神の愛に生きる」

A恐れたメフィボシェテ

   ダビデからの厚意を提示されたメフィボシェテは、そのような厚意を受けることに恐れた。し

かし王子並みの待遇を受け入れることにした。メフィボシェテはダビデの計らいに感謝したこ

とだろう。と同時に、その背後にある神の大いなる愛と赦しを知ることができただろう。

B.神の愛の先にあるもの

   神の愛は一方的である。罪の赦しと永遠のいのちをも与えてくれる愛に私たちは戸惑うかもし

れない。或いは自分はその愛を受けるに相応しくないと感じるかもしれない。しかし、その愛

を受け取る時、私たちは大きな喜びと感謝をもって主の御名を褒めたたえ、存分に祝福される。

結論:メフィボシェテはダビデからの待遇を受けるにふさわしい行いをしたわけではない。しかし、その愛を受け入れた時、彼の生活は大いに満たされた。私たちも神からの一方的な愛によって、罪赦され、永遠のいのちまでいただくことができる者とされた。それは私たちがそのような恵みをいただくにふさわしい者であったわけではない。しかし、その神からのご厚意を拒否することなく受け入れるとき、メフィボシェテが

受けた以上の温かい歓迎がそこに用意されている。私たちは神からの愛を、また多くの恵みをただ感謝していただくだけでいい。神は惜しむことなく私たちにその愛を、また恵みを与えて下さる。この愛に感謝して、今週も喜びのうちを歩ませていただこうではないか。


by ontheway-chapel | 2019-11-14 17:46 | Comments(0)