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聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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11月24日「この羊の群れ」Ⅱサムエル24:15~25

本論:Ⅰ・「神のさばき」

     A.民の罪

      神は様々な要因をもってここでイスラエルにさばきをもたらそうとした。その背後にはイスラ

エルの民が求めた王制の限界があった。また、ダビデ自身も悪魔の誘惑、誘導によって神の命

令ではなく自身の意思によって本来あるべきではない形の人口調査をしてしまった。

     B.神のご計画

      このことを通して神は何をなさろうとされていたのか?罪に対するさばきにおいて、その責任

を一身に受けようとしたダビデの罪告白。あらゆる問題に対する最後の砦、唯一の希望が神以

外にないということを実体験すること、神の御名だけがほめたたえられるべきであること。

Ⅱ・「ダビデの姿勢」

  A.神の御手にゆだねる

   ダビデは神から与えられた3つの選択において、主の手に陥ること、主の憐みにすべてを委ね

ることを選択した。その結果、経済的格差も通じない、不公平のない一方的な神の御手が民に

下されることになった。ダビデはただ神の御手にゆだねる、そこにだけ最善があると選択した。

  B.王として

   ダビデは王として、自分の国の民を羊の群れと表現し、羊を守り自分に害が及ぶように願った。

ダビデは応答しての自覚、民を導くリーダーとしての自覚があった。大切な羊の群れを養うた

めには、自分の身を惜しみなくささげることのできるリーダーが必要。私たちのリーダーは?

Ⅲ・「イエス様の姿勢」

  A.神の御手にゆだねる

   私たちにとってのリーダー、私たちが羊であるならば牧者はイエス様である。そのイエス様は

私たちの罪とそれに対するさばきのために何をされたか?一切を神の御手にゆだね、ご自身を、

自らのいのちを神にささげた。ダビデはそれが許されず、イエス様だけがそれを果たした。

  B.救い主として

   このイエス様の姿勢によって私たちは罪赦され、永遠のいのちまでいただくことができた。私

たちはこの救い主に対して何ができるのか。それはダビデの生涯から教えられる。ダビデも弱

く罪を犯し、また数々の試練にあったが神にゆだね、信頼し礼拝した。これが成功の秘訣。

結論:ここまでダビデの生涯を見てきたが、確かに素晴らしい王として用いられた人物である。しかし、いつ神に見捨てられてもおかしくないような失敗もした。それでもダビデは真実の悔い改めをし、一切を神の御手にゆだねるという姿勢を貫くことができた。私たちもこのダビデにならって信仰生活を送りたい。その道を貫こうとするとき、私たちもまた大いなる祝福をいただくことができ、喜びの賛美を声高らかにささげることのできる者とされる。私たちも羊の群れであるが、しっかりと牧者であるイエス様から目を離さずに、これからも歩んでいこうではないか。


by ontheway-chapel | 2019-12-25 17:24 | Comments(0)