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聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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12月15日「その名はインマヌエル」イザヤ書7:10~17

本論:Ⅰ・「しるしを求める」

     A.ピンチに対する神の姿勢

  イザヤ書全体を通して神は、民に向かって信じるということを通して危機を乗り越えること

を求めた。それも穏やかに、静かにしてより頼む信仰を求めた。私たちも様々な危機が訪れ

るが、そう言う時こそ心穏やかに静まって祈り主の導きを求めたいと思う。

B.神に期待する

  神は全能なるお方であり、不可能なことは何もない。だからこそ、私たちは期待して神のみ

わざを待ちたい。しかし、つい自分の力で進もうとしてしまったり、待ち切れずに先走って

行動を起こしてしまったりしがちである。信じるということは忍耐を伴うことでもある。

Ⅱ・「しるしを与える」

A.報酬を与える神

    インマヌエルの約束は、自ら行動してしるしを求めるのではなく、信じてその時を待つこと

であった。神はただやみくもに私たちに信じろとはいわない。恵みと祝福の約束をもってお

られ、その約束を成就するからあなたがたは信じて従いなさいと求めるお方である。

B.超自然的なしるし

    処女がみごもるということは自然の摂理をはるかに越えた出来事である。それは神でなけれ

ばなされないこと。超自然的なしるしである。イスラエルの歴史を見ても超自然的なことが

何度もあった。それは神が世を愛し、人を愛しているからこそ成されたみわざであった。

Ⅲ・「成就したしるし」

A.救いをもたらすしるし

    このインマヌエル預言はイエス・キリストの誕生を指している。インマヌエルは「神がひと

と共におられる」という意味であるが、文字通りだけの単純なことではない。真の神と真の

人がこれ以上一緒にいることができないという形でお出でくださったことを意味している。

B.本当の敵を退けるしるし

    イザヤの預言は直接的にはユダを目の前の敵から救う預言として見ることができる。しかし

イエス・キリストとして見るならば、私たちの本当の敵であるサタンを退けるために来られ

た救い主として見るべきである。可能とするのは真の神であり真の人であるイエスである。

結論:インマヌエルというと私たちは単純に「神様が私たちといつも一緒にいてくださるのだな」と単純に受け取ってしまう傾向があるように思える、もちろんそれは正しい視点であるが、今年のクリスマスはインマヌエルの事実としてもう少し正しく受け取りたいと思う。真の神と真の人がナザレのイエスにおいて全く一つとなった。そしてこの地上に共においでくださった。だからインマヌエル預言の成就はイエス・キリスト以外においてありえないのである。そしてこのお方を信じ受け入れることによって私たちもまた、神と一緒にいることができる恵みが実現したのである。このイエス様のご降誕を共に祝える喜びをもって今秋を過ごし、来週のクリスマス礼拝に備えていこうではないか。


by ontheway-chapel | 2019-12-25 17:25 | Comments(0)