聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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本論:Ⅰ・「初穂となられたキリスト」

     A.復活の初穂

      パウロはキリストの復活がなかったら、すべてがむなしいと言った。しかし、実際にはキリス

トはよみがえられたという事実に着目していく。キリストの復活が、キリストに連なる民を導

き、復活の恵みが私たちに確かな約束となって与えられた。キリストの復活が道を開いた。

B.アダムの死から

      多くの人は死を恐れる。なぜならば、その先がわからないから。あの世という漠然とした表現

でそこに行けると何となく期待している。死はすべての人にある。しかし、キリスト者は死の

先にある確かな天の御国を見ることができ、永遠の希望に満ちた死を迎えることができる。

Ⅱ・「終わりが来る」

A.この世の支配の終わり

   私たちは何に支配されているだろうか?この世の価値観、この世の権威…しかし、それらはや

がての日には全く意味をなさなくなるという。なぜならば、この世のすべてを支配されている

お方がおられ、その支配の内に滅ぼされていくから。目に見えない方の権威に従うことが大切。

B.キリストの支配

   聖書には「キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置く」とある。そしてその支配は、

死をも支配する。つまり、私たちにとっての恐怖である死をも完全に支配され、死に勝利され

るという。たとえ今、キリストの教えに逆行するものが支配しているように思えても。

Ⅲ・「万物の支配者」

A.すべて神のもとにある

   万物がキリストのもとにある。「神が、すべてにおいてすべてとなられる」と聖書にある。神が

全宇宙の支配者であるという。この事実とキリストの復活が、私たちの最大の恐れである死を

飲み込むほどの力となって、私たちをも勝利へと導かれる。万物を支配する神に従いたい。

B.私たちもこの恵みに与る

   万物を支配されるほどのお方は、私たちを愛しておられる。死に飲み込まれ滅んでいくことを

見過ごされなかった。神の愛と憐みの恵みの内にあって初穂となられたキリストに次いで、天

の御国に行くことが約束されている。だから、死んでも生きる。天国でみんな再会できる。

結論:天国にどうしたら行くことができるか?イエス様の十字架の贖いの死を信じること。そして死からよみがえられた復活のイエス様を信じ受け入れること。神様が私たちに天国行きのチケットを渡す時に、確認することである。これさえあれば、間違いなく天の御国へ行くことができる。そして先に召された方々は、このチケットをいただいて、天の御国へと旅立った。私たちもいつの日か、そこに行くことができる。そしてもうこの地上では会うことができないが、天の御国において再会し、永遠のいのちが与えられた中で、共に喜び、感謝に満ち溢れて主を賛美することができる。


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by ontheway-chapel | 2018-10-31 17:36 | Comments(0)

本論:Ⅰ・「罪を認める祈り」

     A.私の主と呼べる関係

       クリスチャンは神に向かって私たちの父なる神様、主と呼べる神に向かって祈ることができ

る。それは神が愛と憐みに富み、寛容な心で私たちとの関係を持ってくださるから。ごく親

しい親密な関係でい続けてくださるゆえに、身近に神を感じて祈ることができる。

B.とりなしの祈り

       ダニエルは「私たち」と自分を含めたイスラエル民族の罪を告白している。これはイスラエ

ル民族のためのとりなしの祈りともいえる。自分は正しいから、ではなく、最も正しく歩ん

でいる者でさえ、誰よりも罪を認めて神の許しを求めて祈っている姿に教えられる。

Ⅱ・「神の憐みを求める祈り」

A.憐れみと赦しは神のもの

    ダニエルは真実に罪を認めて、悔い改めつつも、不信の罪による神のさばきの正当性を認め

た。すべての主権が神にあることをダニエルは知っていた。そのなかで現状からの救いを必

死に祈りつつ、罪の赦しを神の憐みにすがるしかないことを認めて神に求めた。

B.神の時を見定める

    ダニエルはすべて神の支配の内に行われていることを確信していた。だから、イスラエルの

罪に対しても、わざわいを下されたのがこの時であると受け止めることができた。自分本位

で罪の赦しを請うのではなく、さばきも赦しも神の時にあることを私たちも受け入れたい。

Ⅲ・「神に訴える祈り」

A.必死なる祈り

    かつてイスラエルはエジプトから救い出されたように、今度も神の愛と憐みの中で私たちを

救い出してくださいと懇願した。今やイスラエルは崩壊寸前であった。今こそ、主ご自身の

ために御顔の光を輝かせてください、とダニエルは神の祝福と顧みを必死に祈った。

B.心からの訴え

    ダニエルはこの祈りの目的が自分たちの正しさによって自分たちの祈りを聞いてください

と訴えているのではなく、自分たちはと覆い隠すことのできないほどの罪を犯している事実

を認め、ただあなたの大いなるあわれみによってのみ、赦しを訴えている。

結論:私たちも日々祈ることができる。その祈りをそれぞれに振り返ってみよう。自分の願うことばかり訴える一方通行の祈りになってはいないだろうか?神は私たちの訴えを聞いてくださるお方であると同時に、語りかけてくださる神でもあり、時にかなって実行してくださる神でもある。神からの語りかけをしっかり聞く祈りをしようではないか。その真実のやり取りの中で、自らの罪を認め、憐れみと赦しを慕い求め、切なる訴えをしていくダニエルのような祈りをしていきたい。神は私たちの祈りを聞いてくださり、語りかけてくださる。私たちも聞き、その導きを信じ、委ねていこう。


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by ontheway-chapel | 2018-10-22 09:53 | Comments(0)

本論:Ⅰ・「神の芸術作品」

    A.この世のすべては神の芸術作品

      聖書は「初めに、神が天と地を創造した」とある。この世のすべては神が造った作品である。

そして聖書は「神である主は土地のちりで人を形造」ったと記している。人もまた神の造られ

た作品である。つまり、私たちも大切な神の作品であり「高価で尊い」存在であり、その作品

の構造をのすべてを知れば知るほどに素晴らしい、唯一無二の芸術的な存在である。

B.この作品を大切に

      神はご自身の造られた最高傑作である人間を大切にしている。作品が朽ちて、滅びてしまわな

いように、永遠にその輝きを保てるようにと、イエス・キリストをこの地上に送り、人類を救

おうとされた。神はご自身が造られた人間を愛しておられる。その御子の命と引き換えにして

もである。イエスは私たち人間が救われ、永遠の祝福の実を結ぶために必要なことを説いた。

   Ⅱ・「収穫の秋に」

    A.みことばの種を蒔く

      イエスは蒔かれた種が祝されるために、良い地にみことばの種を蒔く必要を語られた。イエス

4つの地を譬え、種を蒔くことの難しさ、タイミングの重要さ、そして実を結ぶに至ること

の難しさを説いた。それは私たちのかつての頑なな心、無関心の状態であったかもしれないし、

伝道した相手の心の状態かもしれない。

B.収穫は確実にある

      イエスがこの譬えを語った中で、はっきりと語っていることは、確かに蒔かれた種の一部は実

を結ばなかったという事実である。しかし、同時にすばらしい収穫があったという事実がある

ということでもある。私たちが伝道するとき、その多くは失望に終わってしまうかもしれない

が、神は必ず収穫の恵みを備えておられる。忍耐を持って種を蒔こう。収穫は神が成すから。

結論:私たちが伝道しようとしている人たち、まだ神の救いの恵みを知らない人たち、イエス・キリストを受け入れようとしていない人たちはたくさんいる。毎日顔を合わせている家族の中にもいるかもしれない。なかなか思うように伝道ができない。福音を伝えても何ら関心を示さない。それどころか拒絶されたり、変な顔をされたりするかもしれない。しかし、イエスはすべての蒔かれた種がそのような失望に終わらないことを約束している。その実りの収穫は30倍にも、60倍にも、100倍にもなるという。イエス・キリストは私たちに行動することを促している。みことばの種を蒔くことを願っておられる。神の芸術作品を滅ぼすことなく、収穫にむけてできることをしていこうではないか。


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by ontheway-chapel | 2018-10-18 11:49 | Comments(0)

主題:神の守りは私たちの想像をこえた力をもってなされる。神の主権は永遠であり、私達にも適用される。

本論:Ⅰ・「思いがけない攻撃」

     A.王の取り巻きによる陰謀

      ダリヨス王はダニエルを寵愛していた。それに嫉妬した周囲の者たちはダニエルを陥れるため

に策をめぐらした。何の欠点も見いだせないなか、彼らはダニエルの忠実かつ熱心な信仰を攻

撃することにした。王様以外にいかなる神をも礼拝してはならないというものであった。

B.攻撃に対するダニエル

      ダニエルはそのような禁令が出されたことを知りつつも、いつものように神の前に祈りをささ

げた。ダニエルは決して妥協しなかった。自分が罰せられることを知りつつも、王様よりも、

神様を第一とする生活を変えることはなかった。何があっても揺るがない信仰を身につけたい。

Ⅱ・「勢いを増す攻撃」

A.ダニエルを訴える

   ダニエルを訴えようとしている者たちは、自分たちの計画通り忠実な信仰を持ち続けたダニエ

ルを訴えることに成功した。ここだけみると忠実な者が悪に屈しているかのように思える。い

つの時代も忠実ゆえに周囲から受け入れられず困難をおぼえることがあるかもしれない。

B.王様の心の内

   王様はダニエルを信頼し、彼の信仰の素晴らしさを見てきた。王様の心はダニエルを救いたい

と思っていた。王様ではなく神を第一としていたダニエルであったが、信仰によって王様の心

が変えられつつあった。地の塩、世の光として生きる者への大きな希望、励ましとなる。

Ⅲ・「神による助け」

A.ダニエルを守られる神

   かつてダニエルの仲間3人が燃え盛る炎の中から無事に救い出された。そのことを王が知って

いたかわからないが、ダニエルの信じる神が彼を救ってくれるのではないかと期待した。ダニ

エルはいつもと変わらず王様に丁寧なあいさつをした。王はダニエルの無実を喜んで認めた。

B.私たちを守られる神

   ダニエルを訴えた者たちが逆に処刑された。一見勝利を手にしたかに見えたが、神は神を利用

して悪事を働く者ではなく、神に信頼し共に歩む者を救われた。いつの時代も変わらない事実。

神の主権は永遠に続く。私たちは恐れることなく、神に信頼し続ける信仰をもって歩みたい。

結論:幾多の攻撃、試練が私たちを襲ってくる。人間的に見たら逃げられない、あきらめてしまう、絶望してしまうように感じることもある。しかし、うろたえることなく、いつもと変わらず神を信頼し、神とともに歩むことを選択したい。周囲から見たら愚かで負け組のように見えるかもしれない。自分でもそう感じるかもしれない。しかし、最後には主の守りの中、永遠の主権の中で私たちは勝利へと導かれる。妥協して一時的な勝利ではなく、信仰を貫いて永遠の勝利を目指していこうではないか。その主権は永遠であり、私たちを救い出し、私たちを永遠の勝利へと誘う主に期待して歩ませていただこう。


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by ontheway-chapel | 2018-10-18 11:47 | Comments(0)