聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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本論:Ⅰ・「心をかたくなにする」

     A.神がパロに働きかけた

     パロの心を神が頑なにさせた。その目的はしるしと不思議をエジプトの地で行うためでもあっ

た。神のご計画ではイスラエルの民をエジプトから救出することであったが、その実現のため

に実に多くの人や物(それは私たちの理解を超えている事柄)を用いて主の栄光を現している。

   B.かたくなな心の先にあるもの

     パロの心が頑なにされたため、神のしるしと不思議はさばきを伴ってなされた。神は災いを下

すことでイスラエルの民を救出されようとした。多くの教訓がそこには隠されている。私たち

も心頑なにするとき、その先にはさばきが待っているのかもしれない。

Ⅱ・「主であることを知る」

A.パロの心を砕く

  災いの目的と意義が語られる。それはイスラエルの民の救いと何よりも主が誰であるかを知る

ためであった。心頑なな者とは神を神と認めない。神を受け入れることを拒んでいる状態の人

である。自分の殻に閉じこもらず、思い切って主のもとへ飛び込んでいこうではないか。

B.イスラエルの民も見る

   神がエジプトに下すさばき、大いなる御手をイスラエルの民も目撃することになる。つまり、

イスラエルの民も誰が主であるかを知る必要があった。彼らもまた主の大いなるみわざを見な

がらも、主を疑い、目に見える事柄に救いを見出そうとしてしまうことになる。

Ⅲ・「モーセが用いられた意義」

A.モーセは80歳、アロンは83歳であった

   神の救いのご計画が示され、いよいよ実行されていくときに用いられたモーセは80歳であっ

たという。さらにこの先40年の荒野での生活が待っている。神はこうした人選をなさる方。

80歳でも立派に神に用いられる。逆に10代でも用いられる。いつでも備えていよう。

B.常識にとらわれない生き方を

   人間的に見たら80歳で新しい事をするのは、難しいと感じるだろう。先の事、健康のこと、

色々なことを考えたら神のご計画に参加することは難しいと判断しがち。しかし、神がそのよ

うに用いられるならば、そこに従いたい。自分の常識ではなく神のご計画の方が確かである。

結論:目の前に広がる災い。私たちの目には悲惨であり、むごたらしい、目をそむけたくなるかもしれない。しかしそこに神の目的、意義が隠されているならば、私たちはしっかりと目を留めていきたい。そして神のご計画を見極め、従っていきたいと思う。そのためには自分の常識にとらわれていたら見えるものも見えなくなる。心頑なにしているならば、従うこともできない。信仰をもって、心開いて、神の目的にこそ目を留めていきたい。そうするとき、私たちは主のみわざを目撃し、主をより深く知ることができ、幸いなる生涯を送ることができるようにされていく。


by ontheway-chapel | 2019-01-26 07:43 | Comments(0)

本論:Ⅰ・「神の壮大なご計画」

     A.モーセに示された計画

      神はイスラエルの民の苦しみの声を聞き、辛い道を通っている姿をご覧になった。私たちの

痛みを担ってくださる主が苦難の中にいるイスラエルの民をエジプトから救い出されるご

計画がモーセに語られた。神は民の苦難を放っておかず、救いの手を差し伸べてくださる。

B.モーセに託された主

      神によるイスラエルの民救出のご計画が示された後、モーセにパロのもとへと行くように命

じた。そして示された救いのご計画をイスラエルの民に告げ知らせるようにとも命じた。不

安を感じたモーセに主が共におられることが約束され、モーセを励ました。

Ⅱ・「不安をおぼえるモーセ」

  A.もし~だったら…

   モーセは神からの語り掛けを民に伝えるという使命が与えられた。それに対してモーセは慎

重でもあり、臆病でもあった。想定される民の反応を神に告げた。不信仰の反応とも思える

が、正直に自分の不安を、弱さをさらけ出し神様と語り合うことは大切である。

B.でも~だから

    神は私たちの不安を聞いてくださり、道を開いてくださる。しかし、私たちの経験からくる

不安や疑問はなかなか払しょくされない。神からの応答に対してでも、とさらにしり込みし

てしまう。でも神はとことん私たちに寄り添い、丁寧に語り合ってくださる。

Ⅲ・「応答される神」

  A.しるしを与える

    神はモーセの不安や疑問に対して実に丁寧に応対してくださる。そして、その解決策を示し

てくださる。それは私たちの理解を超えた方法であるかもしれない。2段階、3段階と記し

を用意してくださり、モーセの不安、疑問を晴らそうとされる。

B.助け手を与える

    モーセはさらに不安を口にする。それに対して神は助け手を与えられた。それぞれに賜物が

ある。神はふさわしい賜物をもった助け手を与えてくださるお方である。神の助けは底を見

ない。私たちに十分すぎるほどの助けを与えてくださる。だから信頼して従いたい。

結論:私たちは様々なことに不安を抱く。そして疑問をおぼえる。それは人として自然なことかもしれない。ある人はそれを不信仰と言うかもしれない。しかし、大切なのはそこでとどまらず、神様に不安な思い、疑問をぶつけていくことである。そして語り合うことである。神は私たちの不足を補ってくださる。不安や疑問にとことん応えてくださり、晴らしてくださるお方である。神がそこまで示してくださる道に対して、信仰をもって応答していく者とさせていただこうではないか。


by ontheway-chapel | 2019-01-15 08:41 | Comments(0)

~~あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。~~

本論:Ⅰ・「時代に翻弄された赤ちゃん」

     A.パロの命令

      かつてヨセフが家族をエジプトに連れて来て、そこで彼らは守られ祝されていった。しかし、

イスラエルの民が増えていくにつれ、エジプトにとっては脅威となったためイスラエル人た

ちを奴隷として扱うようになり、男の子が生まれたら殺すようにと言う命令が出された。

B.ヘロデの命令

      東方の博士たちがユダヤ人の王を探している、という声を聞いてヘロデ王は自らの立場が奪

われることを恐れた。そしてそのタイミングで産まれたであろう男の子を一人残らず殺すよ

うにと命じ殺させた。そのため、御使いによって一時的にヨセフたちはエジプトに逃れた。

Ⅱ・「奴隷とされた民」

A.エジプトの奴隷とされていた

   イスラエルの民はエジプトの地でどんどん増えていった。彼らはまた勤勉で、有能であった。

それだけにエジプトにとっては放っておけない存在となったために、かれらはエジプト人の

奴隷にされてしまった。イスラエル人は奴隷からの解放を願い、神はモーセを立てた。

B.罪の奴隷とされていた

   イエスが生まれる前、預言者たちは400年にわたり現れなかった。民は繰り返し罪を犯し続

け、預言者を退けた。やがてローマにも支配され、ローマからの救いを求めていた。しかし

神は罪の奴隷と化していた民のために、真の救い主を世に送られた。

Ⅲ・「神の不思議なご介入」

A.ミリヤムとパロの娘

   モーセの出産に伴い、家族はモーセを何とか殺されないようにと隠し続けた。しかし、隠し

続けることができなくなり、川に置いて一切をゆだねた。その時、モーセを発見したのがパ

ロの娘であり、それを見守った姉のミリヤムが実母に世話をするように促した。

B.乙女マリヤ

   イエスのご降誕に際して神は、処女マリヤを用いられた。これは人間的にはまったく理解で

きない不思議な出来事であった。神は私たちの想像をはるかに越えたみわざをもって民を救

い、民を愛し、民を導いて下さる。私たちも神の不思議なご介入に従順でありたいと願う。

結論:モーセの登場はイスラエルのために神の大きな救いのご計画を示すものでもあった。そしてそれは、実にキリストの登場と同じような背景があり、出エジプト記は旧約聖書の心臓部と言われるほどに重要である。それは神の救済、贖い、契約が記されているからであり、全聖書の原点とも連なる重要な個所である。そして、出エジプト記がキリストにおいて成就していく様子が対比されていくとき、明らかにされていく。神の偉大なるご計画をここから学び、また私たちの信仰を新たにされ、より強いものとされていきたく願う。


by ontheway-chapel | 2019-01-10 17:25 | Comments(0)