人気ブログランキング |

聖書のメッセージ

onthewaychapel.exblog.jp

川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

ブログトップ

<   2019年 02月 ( 3 )   > この月の画像一覧

本論:Ⅰ・「もし、守れないなら・・・」

     A.聞き従えないとき

      神の声に聞き従えない時がある。それは自分の声の方が大きくなる時。この世の声の方が大き

くなる時。私たちの知恵に頼るならば、その方が良く思えてしまうことがある。神は私たちを

満たされるはずなのに、満たされないと感じてしまうことがある。自分が真ん中に立っている。

B.守り切れない弱さ

      神の命令、教えこそが正しいと頭ではわかっている。しかし、私たちは守り切れない。実際に

イスラエルの民は神の大いなるみわざを体験しても、神の前につぶやき、神を見ずに後ろを見

て嘆き続けてしまった。そのように神に従えず守れないとき、どうしたらいいのだろうか。

Ⅱ・「限界の先にあるもの」

A.私たちには限界がある

   私たちには限界があるという事実と正面から向き合い、自分の弱さ、限界を素直身に認めるこ

とが大切である。誰が主なのか?神は全世界はわたしのものである、とおっしゃった。この立

ち位置の返還が必要。自分が真ん中に立っていると、限界の先を見ることができない。

B.私たちは主のもの

   神は全世界はわたしのものである、とおっしゃった。私も主のものであるという視点が大切。

   自分で頑張っているうちは限界があり、私たちは行き詰ってしまう。しかし、私たちは全能な

るお方のものであるならば、神が限界を取り払ってくださり、さらに前進させてくださる。

Ⅲ・「もし守るなら・・・」

A.宝としてくださる

   神は自分のものを大切になさる。それも宝のように大切にしてくださるという。私たちは神に

とって宝である。それほど高価で尊いものとして取り扱ってくださる。あなたの宝は何だあろ

うか?その宝のためならば何でもできる。神はそれほどの愛をもって私たちを守ってくださる。

B.神の憐みのゆえに

   私たちは神の命令のすべてを完全に守ることは残念ながらできない。だからと開き直ってはい

けない。私たちなりにできる精一杯をもって神に仕え、教えを守りたい。私たちの不足分は神

が憐れみをもって補ってくださる。そしてそれゆえに、私たちは神の前に正しい歩みができる。

結論:私たちは完全ではない。しかし、それは神が誰よりもご存知である。だから、神は不完全な私たちを赦し、救うためにイエス・キリストを世に送ってくださった。その恵みゆえに私たちは不完全でありながら、完全な救いをいただくことができる者とされた。私たちなり、精一杯をもって神の教えに聞き従い、守っていきたいと思う。その忠実さを神は喜ばれる。そしてそのような私たちを宝のように大切に取り扱ってくださる。宝物を粗末に扱う人はいない。神は宝物が救われ永遠のいのちを獲得し、天の御国に凱旋することを何よりも願っておられる。


by ontheway-chapel | 2019-02-27 10:48 | Comments(0)

本論:Ⅰ・「信仰を持って渡る」

    A.信じたいけど信じ切れない

      ついさっきまで目の前に広がっていた海が分かれて、道ができました。その道を前進しなさい、

と言われてどれほどの人が安全を確信して前進できるだろうか?信じたいけれども信じられ

ない、信じ切れないという弱さを私たちは持っている。信仰をもって前進することは難しい。

B.不安な気持ちに寄り添う神

      かつてトマスは復活のイエス様の話を聞いて、この目で見るまでは信じないと言った。イエス

の弟子でさえ、信じたいけれども信じ切れない。しかしそのようなところへイエスは現れ、直

接その不安な気持ちに寄り添ってくださり、トマスが前進できるようにしてくださった。

Ⅱ・「人間的な視点で渡る」

A.神なき視点で前進する方法

   人は自分の想像を超えた出来事を前にうろたえる。しかし、それでも前進するとき自分なりに

前へ進む動機を探す。それは自分の知識や経験を元にして前へと進もうとする。もう何もすが

るものはないが、とにかく進むしかないという無鉄砲な気持ちで進むしかない。

B.神の守りなき前進の危険

   エジプトの民はイスラエルの軍を見つけて分かれた海を渡り始めたが、そこに待っていたのは

無残な結果であった。海は彼らを飲み込むように元通りの姿へと戻った。それはすべて神の支

配のうちにあったことであり人間の力の限界を教えられる。神なき人生の危うさがそこにある。

Ⅲ・「主が私たちを守る」

A.主が海と陸地へと分けた

   かつてこの個所を読んだとき、必死になって科学的にこうした現象が起こる得る可能性を探し、

それでこの個所を受け入れることができた。しかしその視点は間違っている。神が風を吹かし

て海と陸に分けたことが聖書には記されている。すべては主の支配のうちにある。主ありき。

B.主の守りの中で生きる

   イスラエルの民はこの出来事を通して、主の栄光を現そうとされた。民は主を恐れ主を信じた

と書かれている。主の実に不思議な守りを体験した時、彼らは喜びの賛美を歌った。主の守り

の中できることは自然と踊り歌うほどにうれしいことである。本当の幸いは主とともにある。

結論:神を見上げ、神と共に生き、信仰をもって歩もうとするとき私たちの人生は喜びに満たされる。いくつもの感動を体験する。そして必ず守ってくださる主にあって平安が与えられる。何一つ不満がない。しかしほんのちょっとしたことで私たちは不安を感じる。その都度、神は私たちに寄り添ってくださり、あらゆる方法をもって私たちを守り、支え、信仰を支えてくださり、再び喜びと感謝、そして感動に包まれた日常へと誘ってくださる。まずは主を信じて、期待して前へ一歩踏み出してみようではないか。


by ontheway-chapel | 2019-02-21 11:51 | Comments(0)

本論:Ⅰ・「神様のご計画」

     A.ペリシテ人の国の道

      神はエジプトを脱出したイスラエルの民を最短距離をあえて通らせることをしなかった。長い

 間奴隷であったイスラエルの民は戦うための道具、準備がなされていなかったことが想像でき

 る。神はイスラエルの民の状況を良くご覧になり、最善の道を備えてくださった。

    B.私たちの歩み

      私たちの歩みも同様に神様はご覧になっておられる。時に最短距離と思える、より効率的と思

 える方法ではない、私たちから見たら遠回り、無駄と思えるようなところを神様はあえて私た

 ちに通らせることがある。その時、自分の考えを優先するか、神に従うかが問われている。

   

Ⅱ・「ヨセフの遺言」

  A.ヨセフ遺言と預言

   ヨセフはかつて神は必ず顧みてくださる、そして必ず約束の地へと導かれるとイスラエルの子

らに伝えた。神の約束は永遠である。そして神の約束は必ず成就する。私たちの目で直接確認

することはできないかもしれない。しかしそれを信じる私たちは決して裏切られることはない。

  B.約束に従ったモーセ

   モーセはこの約束をどこかで伝え聞いていたのだろう。そして、いよいよエジプト脱出の際に、

このことを忘れなかった。私たちは神様からの約束をどれほど大切にできているだろうか?い

ざと言う時、自分のことばかり考えるのではなく神様の約束をすぐに思い出したいと願う。

Ⅲ・「神の守り」

 A.雲の柱と火の柱

   雲は主の臨在を象徴的に現していると言われている。雲の成分、空気中の成分を見るとき、雲

が直接目に見えなくても、いつも私たちの周りに存在していることを知る。神も目には見えね

どもいつも共におられる。火はすべてを温め、光を与え、焼き尽くす力を持っている。

  B.特別な方法を用いられる神

   神様は私たちを守り、導かれるために実に様々な不思議な方法をもって私たちを支えてくださ

る。神様はご自身のご計画を進めるにあたって、あらゆる方法をもって完全にやり遂げるお方。

私たちの想像を超えた方法であり、私たちがすべてを理解することはできない。

結論:私たちは日々当たり前のように生きているように感じる。当たり前のように一日が終わり、次の日が来ると思う。しかしそれは当たり前ではなく、神の守りの中にあり、神のご計画のうちにすべてがあることを知ろう。そしてその中で神は私たちを愛し、守り、支えてくださるお方。あらゆる試練においても、先頭に立って私たちを導いて下さる。だから安心して主と共に歩もうではないか。


by ontheway-chapel | 2019-02-13 18:04 | Comments(0)