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聖書のメッセージ

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川越国際キリスト教会の礼拝メッセージです。

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皆さんにとって心強い励ましとはどういうものでしょうか?
親友による激励。
恩師などによる奨励。
親からの愛情こもった励まし。
長い歴史が描かれる聖書において、世代交代の場面は幾度となく登場します。
モーセという偉大な指導者の後継者となったヨシュアもまた、おおきなプレッシャーを感じていたと思います。
また、神様から示された大きなビジョンを前に恐れ、不安に駆られたかもしれません。
そのようなとき、ヨシュアは神様からの励ましによって、強く、勇敢に前進することができました。
その励ましとは・・・
あなたの一生の間、ずっとわたしはあなたと共にいるよ。
たとえどんなことがあろうとも、わたしはあなたを見はなさず、見捨てないよ。
というものでした。
神様の愛が詰まった励ましです。
そして全知全能の神様は、この約束を必ず実行してくださいます。
人の励ましは時に変化します。
人の心は時に移ろい、離れていくこともあります。
でも神様は、決して見放さず、見捨てない愛をもって私たちの一生の間、ずっと変わることがありません。
この神様からの励ましこそ、何よりも力強い励ましなのです。


# by ontheway-chapel | 2021-02-24 13:50 | Comments(0)

聖書に登場する重要人物のひとりにパウロという人がいます。
彼はイスラエルから始まったキリスト教を世界へと広げるために働いたすばらしい人物として聖書では記されています。
しかし、パウロも最初は違う道を進んでいました。
何と彼は最初、キリスト教を迫害する先頭に立って、クリスチャンを見つけては捕らえ、時には命さえ奪うほどに熱心な迫害者でした。
それは神様の導きから遠く離れた、神様に背く道でした。
しかしパウロは自分がしている新しい教えを解くキリスト教を迫害することが正しいと確信をもって進んでいたのでした。
ある時、復活のキリストと出会い、自分が正しいと思っていた道が曲がっていた、間違っていたことに気が付いたとき、パウロはそれを素直に認め、真っ直ぐな道へと方向転換しました。
神様が聖霊を通して語りかけ、導こうとされる道に素直に従う時、人はその道を神様に向かって一直線に進むようにされるのです。
実はその背後に私たちを何とか曲がった道から戻そうとする神の愛があるのです。
曲げてはならぬ道があります。
でも人は最初その道が良く分かりません。
そのまま曲がった道を進むならば、どんどん神様から遠ざかってしまいます。
そうならないためにも聖霊に満たされ、曲げてはならぬ道を歩む者とさせていただきましょう。
その先には、本当の喜び、本当の平安、本当の幸せが備えられているのです。


# by ontheway-chapel | 2021-02-19 09:47 | Comments(0)
キリスト教がイスラエルから世界へ拡大していくなかで、拠点となったのがアンテオケ教会でした。
その教会に集まるキリストの弟子たちは、アンテオケの町の人たちから「キリストさん」と呼ばれていました。
それはからかい半分の意味もあったようですが、この「キリストさん」というのが私たちにもなじみのある「クリスチャン」という呼び名でした。
ではなぜ、このように「キリストさん」と彼らが呼ばれるようになったのでしょうか?
それはいつも「キリスト」のことを語り、いつも「キリスト」のことを考え、その生活の中心が、生活そのものが「キリスト」であったからでした。
周りの人たちからすると、篇に見られるかもしれませんがこれはある意味、ほめ言葉でもあります。

近年、各地で発生している災害において、教会が地域の方々のために、復興のためにボランティアを募って仕えています。
そうしたなかで地域の方々がその尊い働きをする教会の人たちを見て「キリストさん」と呼んでくれています。
これはからかいではなく、好意的に受け取られているうれしい実例です。
私たちにもできることがあります。
クリスチャンの由来を思い巡らしながら、クリスチャンとしてどのように生きるのか、考える機会となれば幸いです。

# by ontheway-chapel | 2021-02-19 09:38 | Comments(0)

ピリポは突然「立って南へ行くように」との神様のご計画が示されました。
このように神様のご計画は時に突然であり、突拍子もなく感じるかもしれません。
そしてそれは自分の思い描いていた道とは全然違うかもしれない。
しかし、神様の示される導きに対して私たちは素直に従いたいと思います。
なぜならピリポがそうであったように、その先には栄光の祝福があり、驚くべき出会いが、思いがけない喜びが備えられているからです。
そして、その働きを通してさらに神様の働きが広がっていくのです。
エチオピアがこのあとキリスト教国となっていった事実があります。
もしかしたらあの時、自分が何気なく語った福音が、その後大きな実を結び、語られた人が素晴らしい牧師となるかもしれません。
大切なことは自分のためではなく、主のため、自分の思いや考えではなく、主の導きにこそ信頼し、従っていくことであります。
先が見えない故に不安があるかもしれません。
恐れがあるかもしれません。
その成果をこの目で確認することはないかもしれません。
それだけに、本当にそこに祝福があると実感しにくいかもしれませんね。
しかし、神様の目にその働きは喜びであり、祝福であることを忘れずに歩んでいきたいと思います。


# by ontheway-chapel | 2021-02-03 09:53 | Comments(0)

アナニヤとサッピラの結末は非常に衝撃的ですね。
教会学校の子どもたちが聞いたら怯えてしまうかもしれない。
しかし神様はただ怖いお方だと認識してしまってはこの個所を正しく伝えたことにはならなりません。
実はこの恐ろしいと思われる出来事の背後には神の愛がたくさん詰まっている事実にこそ光を向けたいと思います。
初代教会は理想的なスタートを切っていました。
しかしそこに集う人の内部にある罪がこの理想を打ち破ってしまいかけたのです。
今後の教会を左右するほどの危機を、神様は愛をもって本来あるべき教会の姿を取り戻そうとされました。
これによって、教会は改めて神を恐れかしこむ姿勢を教会と民に示されたのです。
主の御霊を試みることがどれほどの罪であるか、恐ろしいことであるかを改めておぼえます。
それと同時にその罪からを救ってくださる神様の愛に思いを寄せ、主と共に歩む思いを新たにしてみませんか。


# by ontheway-chapel | 2021-02-03 09:48 | Comments(0)